なぜ昔のUR団地は南向きに並んでいる?建物配置に隠された理由

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築年数の古いUR団地を歩いていると、ふと気づくことがあります。

「どうして長い建物が、みんな同じ方向を向いて並んでいるんだろう?」

特に昭和30~40年代につくられた団地では、5階建て程度の細長い住棟が、かなり規則正しく並んでいることがあります。

一見すると、同じ建物を効率よく並べただけのようにも見えます。

しかし調べてみると、この配置にはちゃんとした理由がありました。

昔の日本住宅公団は、住宅を大量に供給するだけではなく、日当たり、風通し、プライバシーまで考えて住棟の向きや間隔を決めていたのです。

昔の団地でよく見る「南向きの平行配置」

現在のUR都市機構の前身である日本住宅公団は、1955年(昭和30年)に設立されました。

戦後の深刻な住宅不足を背景に、多くの集合住宅が建設されていきます。

その時代によく採用されたのが、細長い住棟をほぼ平行に並べる配置です。

URまちとくらしのミュージアムでは、当時一般的だった5階建ての「板状階段室型」住棟について、すべての住戸でできるだけ採光と通気を得られるよう、住棟を南面させ、南側にバルコニーを設けたと説明しています。

つまり、古い団地で同じような向きの建物がずらっと並んでいるのは、単なる見た目の問題ではありません。

できるだけ多くの部屋に太陽の光を入れ、風を通すための配置だったのです。

「建物と建物の間が広い」のにも理由があった

古いUR団地に住んでいると、新しいマンションと比べて、建物同士の間隔がかなり広いと感じることがあります。

芝生や植栽、通路、公園などがあり、

「こんなに空けなくても、もう1棟くらい建てられたのでは?」

と思うような場所もあります。

しかし、この余裕のある配置も偶然ではありません。

URが紹介している団地の歴史によると、当時は冬至の日中でも4時間の日照を確保することや、住戸のプライバシーを守ることを考慮し、建物の高さに対して約1.8倍の棟間隔を取る基準がまとめられていました。

例えば高さ15m程度の建物なら、単純計算では25mを超えるような間隔になります。

今の感覚で見ると、かなり贅沢な土地の使い方です。

しかし当時の団地では、戸数だけを詰め込むのではなく、各住戸の日照やプライバシーを確保することも住宅の品質の一部として考えられていたわけです。

実際に人を立たせて「どこまで見えるか」を調べていた

さらに面白い話があります。

千里ニュータウンの団地設計に携わったUR都市機構OBの証言によると、住棟間隔を決める際には、日照だけでなくプライバシーについても実際に検討していました。

現地に職員や学生を立たせ、離れた場所から人の姿や色がどの程度見えるのかを確認するような実験も行ったそうです。

また、5階建てで高さ約14.7mの住棟について、冬でも4時間の日照を確保するには、どの程度建物同士を離せばよいのかも検討されていました。

現在ならコンピューターで日影シミュレーションを行うところでしょう。

当時は実際の現場で確認しながら、団地の設計基準をつくっていったことが分かります。

古い団地が「妙にゆったりしている」理由

こうして考えると、昔の団地特有の広い空間にも意味が見えてきます。

古い団地では、住棟の間にかなり広い芝生や植栽が残っていることがあります。

また、建物のすぐ前を車が走るのではなく、歩行者用の通路や公園を挟んでいる団地も珍しくありません。

現在のURも、団地の特徴として、棟と棟の間隔がゆったりしていることや、公園・広場などのオープンスペースが確保されていることを挙げています。

土地を最大限利用して建物を建てる現在の都市型マンションと比べると、かなり違った発想です。

古い団地には「建物そのものは古いが、敷地には余裕がある」という特徴があるのは、この時代の設計思想による部分も大きいのでしょう。

ただし、すべての団地が同じ向きではない

もちろん、昔の団地がすべて南向きの平行配置というわけではありません。

日本住宅公団でも、団地設計が進むにつれて、単純な平行配置だけではないさまざまな方法が試されるようになります。

その代表例のひとつが、東京都北区にあった赤羽台団地です。

1962年に建設された赤羽台団地では、それまで多かった平行配置だけではなく、住棟を直角に配置したり、建物で空間を囲んだり、「スターハウス」と呼ばれるY字型の建物を配置したりするなど、かなり変化のある団地設計が行われました。

URも赤羽台団地について、当時としては斬新な住棟配置だったと紹介しています。

つまり公団住宅の設計も、

「とにかく南向きに並べる」

という単純なものではなく、時代とともに、広場やコミュニティ、景観なども考えた配置へ発展していったのです。

築古URに住んでいると、この設計思想が少し分かる

私自身、築40年を超えるUR賃貸団地で4年以上暮らしています。

古い団地なので、設備については「もう少し新しかったら」と思う部分があります。

しかし、敷地全体を見ると、新しいマンションとは違った良さも感じます。

棟と棟の間に余裕があり、建物が目の前まで迫っているような圧迫感が少ないこと。

建物の間に木や植栽があり、空が比較的広く見えること。

こうした部分は、設備の新しさとは別の意味で、団地暮らしの特徴だと思います。

築年数だけを見ると「古い住宅」と一言で片付けてしまいがちですが、敷地の使い方まで見ると、昔の団地が必ずしも現在のマンションより劣っているとは言い切れません。

古いURを見るときは「建物の向き」に注目してみる

UR団地を内見するとき、多くの人が確認するのは家賃、間取り、駅からの距離、室内設備などでしょう。

しかし築年数の古い団地なら、一度外に出て建物全体の向きと棟間隔を見てみるのも面白いと思います。

・ベランダはどちらを向いているか
・向かいの建物までどれくらい離れているか
・冬でも日光が入りそうか
・建物の間に植栽や広場があるか
・窓を開けたとき向かいの部屋が近すぎないか

こうした点は、間取り図だけでは分かりません。

特に長く住むつもりなら、部屋の中だけでなく団地全体の配置を見ることも大切です。

まとめ|規則正しい団地の配置にはちゃんと理由があった

昔のUR団地でよく見られる、長い住棟が同じ方向を向いて並ぶ風景。

これは単に大量の住宅を効率的につくるためだけのものではありませんでした。

日照、風通し、プライバシーをできるだけ多くの住戸で確保する。

そのために南向きの住棟を配置し、建物同士にも十分な間隔を取っていたのです。

現在から見ると古い建物でも、その配置には当時の住宅設計者が考えた合理性が残っています。

UR団地を見る機会があったら、部屋だけでなく、少し離れた場所から建物全体を眺めてみてください。

今まで何気なく見ていた団地の景色が、少し違って見えるかもしれません。

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