なぜ昔のUR団地には商店街があった?「ひとつの街」として造られた理由

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昔のUR団地を歩いていると、住宅棟の近くに小さな商店街や店舗棟が残っていることがあります。

スーパー、八百屋、肉屋、クリーニング店、理容室、飲食店などが並び、団地によっては今でも営業を続けている店があります。

現在では車で大型スーパーへ買い物に行ったり、ネット通販を利用したりするのが当たり前になりました。

しかし昔の大規模団地では、住宅だけでなく、日常生活に必要な店まで団地の中につくるという考え方が一般的でした。

なぜ、わざわざ団地の中に商店街をつくったのでしょうか。

調べてみると、昔の団地は単なる集合住宅ではなく、ひとつの「まち」として計画されていたことが分かります。

昔の団地は住宅だけを建てたわけではなかった

現在のUR都市機構の前身である日本住宅公団は、1955年に設立されました。

その後、都市近郊に大規模な団地が次々につくられていきます。

昭和40年代になると、団地には多くのファミリー世帯が暮らすようになり、住宅棟だけでは生活が成り立たなくなっていきました。

そこで団地内やその周辺に、

・商店街
・スーパーマーケット
・幼稚園
・小学校
・診療所
・集会所
・公園

などが整備されるようになります。

UR自身も、昭和40年代の大規模団地について、商店街や学校などがそろい、「ひとつのまち」のようになっていったと説明しています。

なぜ団地の中に店が必要だったのか

今の感覚では、

「買い物なら駅前へ行けばいいのでは?」

と思うかもしれません。

しかし団地が大量につくられた時代は、現在とは生活環境が大きく違いました。

まず、今ほど自家用車が各家庭に普及していません。

大型ショッピングセンターも現在ほど多くなく、インターネット通販は当然ありません。

毎日の食料品や日用品は、基本的に家の近くで買う必要があったのです。

しかも大規模団地では、数千戸、場合によってはそれ以上の世帯が一度に暮らし始めます。

それだけの人口が増えれば、住宅だけを建てても生活は成り立ちません。

そこで、住民が徒歩で買い物できる場所を団地内につくる必要がありました。

団地商店街は「毎日の生活」を支える場所だった

昔の団地商店街に多かったのは、日常生活に直結する店です。

例えば、

・食料品店
・青果店
・精肉店
・魚屋
・米屋
・薬局
・理容室
・クリーニング店
・飲食店

などです。

今のショッピングモールのように、休日に遊びに行くための場所というより、

「今日の夕飯を買うための場所」

という役割が大きかったのでしょう。

団地に住めば、徒歩圏内で日常生活の多くが完結する。

これは当時としては、かなり便利な暮らし方だったはずです。

商店街は買い物だけの場所ではなかった

団地商店街には、もう一つ重要な役割がありました。

それが、住民同士が顔を合わせる場所です。

団地には、それまで別々の地域で暮らしていた多くの人が一斉に入居します。

最初は知らない人同士です。

しかし毎日同じ店へ買い物に行けば、

「よく会う人」

「同じ棟に住んでいる人」

「子どもが同じ学校に通っている人」

と自然に顔を合わせるようになります。

商店街は単なる商業施設ではなく、団地内の人間関係が生まれる場所でもありました。

公園・広場・商店街をまとめて「まち」にしていた

昔の団地設計を見ていると、住宅棟だけを効率よく並べていたわけではないことが分かります。

住棟の間には広い緑地や公園があり、そこに商店街や集会所などが配置されていました。

URの資料でも、団地内の屋外空間は子どもの遊び場だけでなく、祭りやイベントの会場として利用され、地域住民の交流の場になっていたとされています。

つまり団地では、

住宅
+商店
+学校
+公園
+集会所

をまとめて配置することで、一つの生活圏をつくろうとしていたわけです。

なぜ団地商店街はあれほど賑わったのか

昔の団地商店街が賑わった最大の理由は、単純です。

すぐ近くに大勢の住民がいたからです。

数千戸規模の団地なら、それだけで一つの大きな商圏になります。

しかも車で遠くへ買い物に行く人が少なかった時代です。

住民の多くが同じ商店街を利用すれば、小さな個人商店でも経営が成り立ちやすくなります。

現在でもURは、団地内店舗の特徴として、団地住民を中心としたまとまった商圏があることを挙げています。

団地商店街という仕組みそのものは、昔だけのものではありません。

それなのに、なぜ今は空き店舗が増えたのか

古い団地を訪れると、かつての商店街にシャッターが閉まった店舗が並んでいることがあります。

理由は一つではありません。

まず大きいのが、住民の生活スタイルの変化です。

自家用車が普及し、大型スーパーやショッピングセンターへ買い物に行けるようになりました。

さらにコンビニ、ネット通販、宅配サービスなども増えました。

わざわざ団地内の個人商店だけを利用する必要がなくなったのです。

さらに、団地そのものの高齢化や人口減少も影響します。

子育て世帯が多かった時代と比べて住民数が減れば、商店を支える客の数も減ります。

「商店街」から「生活支援の場所」へ変わり始めている

ただし、団地内店舗そのものがなくなったわけではありません。

現在もURは、全国の多数の団地で団地内貸店舗を管理しています。

そこに入る店舗も、昔ながらの食料品店だけではありません。

現在は、

・カフェ
・書店
・子育て支援施設
・高齢者支援サービス
・コミュニティスペース
・医療・福祉関連施設

など、団地の人口構成や時代に合わせた使われ方が増えています。

昔は「買い物をする場所」だった店舗が、現在では地域で暮らし続けるための生活拠点へ変わりつつあるとも言えます。

現在でもURは約4000の団地内施設を管理している

団地商店街というと、昭和の昔話のように感じるかもしれません。

しかし現在でも、URは首都圏・中部・関西・九州を中心に、全国約450団地で約4000施設規模の団地内貸店舗を扱っています。

つまり、

「団地の中に店を置いて住民の生活を支える」

という考え方自体は今も続いているのです。

ただし必要とされる店の種類が、時代とともに変わってきたということなのでしょう。

築古URに住んでいると商店の重要性が分かる

私自身、築40年を超えるUR賃貸団地で4年以上暮らしています。

団地で生活していると、近くにスーパーやドラッグストアがあるかどうかは、想像以上に重要だと感じます。

特に高齢になって車を使わなくなった場合、徒歩で買い物できる店があるかどうかは生活のしやすさに直結します。

駅から近いかどうかだけでなく、

「団地から歩いて何分のところに食料品を買える場所があるか」

も、長く住むなら重要な条件です。

昔の団地に商店街がつくられた理由は、今の高齢社会になって改めて意味を持ち始めているようにも思います。

URを内見するときは「昔の商店街跡」も見ておきたい

築年数の古いURを内見するときは、部屋だけでなく団地内の店舗も確認しておくといいと思います。

例えば、

・スーパーは営業しているか
・閉店している店が多くないか
・コンビニやドラッグストアはあるか
・飲食店はあるか
・病院や薬局まで歩けるか

といった点です。

建物が古くても、徒歩圏内の商業施設が充実している団地なら生活しやすい場合があります。

逆に、室内がきれいでも周辺の店がほとんどなくなっている団地では、車を使わない人にとって不便になる可能性があります。

まとめ|昔の団地商店街は「まち」をつくるために必要だった

昔のUR団地に商店街がつくられたのは、単に空いている場所に店を集めたからではありません。

何千世帯もの人が一度に暮らす大規模団地をつくるには、住宅だけでなく、買い物、教育、医療、交流など日常生活を支える場所も必要でした。

そのため団地は、

「住宅の集まり」ではなく「ひとつのまち」

として計画されていったのです。

現在では昔ながらの個人商店が減った団地もありますが、団地内店舗という仕組み自体は残っています。

そして今後は、買い物の場所だけでなく、高齢者支援や子育て、地域交流など、新しい役割を担っていくのかもしれません。

古いUR団地を見る機会があったら、住宅棟だけでなく、その中心にある商店街や店舗にも注目してみてください。

そこにも、日本住宅公団が「団地そのものを一つの街にしよう」と考えた痕跡が残っています。

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